事業承継ファンドとは?仕組みや具体的な活用方法について解説
近年、中小企業を中心に後継者不足が深刻な課題となっており、事業承継の必要性が高まっています。そんな中、「事業承継ファンド」が、企業の存続や成長を支援する有力な手段として注目されています。
本記事では、事業承継ファンドの仕組みやメリット・デメリット、具体的な活用方法についてわかりやすく解説します。

事業承継ファンドとは?
事業承継ファンドとは、後継者不足や事業存続に課題を抱える企業に対して、ファンド(投資会社)が出資や経営支援を行い、円滑な事業承継を実現する仕組みのことです。
中小企業の多くが「後継者不在」や「経営資源不足」といった問題を抱える中、事業承継ファンドが企業の成長戦略や経営改善を支援しながら、企業価値を高めて次世代に事業を引き継ぐことを目的としています。
事業承継ファンドが注目される背景
✅ 後継者不足の深刻化
日本では中小企業の約65%が後継者不在という課題を抱えており、経営者の高齢化が進む中で、事業の存続が危機に直面しています。後継者が見つからないことで、企業の成長が停滞したり、事業そのものを継続できなくなるケースも増加しています。このような状況から、事業承継の重要性がますます高まっています。
✅ 事業存続・雇用維持への影響
後継者が見つからず、事業を継続できない企業が増加しており、事業を廃業せざるを得ないケースが年々増えています。事業が継続できなくなることで、従業員の雇用喪失や取引先への悪影響といった問題が発生し、地域経済や業界全体にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、事業存続や雇用維持の観点からも、事業承継への対応が急務となっています。
✅ 中小企業への投資環境の拡大
近年は中小企業への投資環境が拡大しており、事業承継ファンドが資金やノウハウといった経営資源を提供するケースが増えています。これにより、企業は財務体制の健全化や組織の強化を図ることが可能となり、事業の成長や安定した経営基盤の確立につながっています。
事業承継ファンドのメリット
事業承継ファンドを活用することで、後継者不在や経営課題を抱える企業が、単なる事業の継続だけでなく、企業価値の向上や成長戦略の実現につなげることが可能になります。ファンドからの出資により、資金調達や経営支援を受けることで、事業承継を成功に導くことができるため、多くの中小企業にとって有力な選択肢となっています。

① 資金調達が容易になる
事業承継ファンドを活用することで、自社だけでは難しい規模の資金調達が可能となります。
- 後継者不在によって銀行からの融資が難しくなるケースでも、ファンドが資金を提供
- ファンドからの資金により、新規投資や成長戦略を実行できる
ファンドからの出資により、事業拡大に向けた設備投資や研究開発の強化が実現し、企業の成長戦略を加速できます。また、海外進出に必要な資金を確保できるため、新たな市場への参入やグローバル展開を図ることも可能になります。
② 経営ノウハウや専門知識の提供
事業承継ファンドには、経験豊富なプロフェッショナル(経営者・コンサルタント*が関与しており、単なる資金提供にとどまらず、経営改善や成長戦略の立案をサポートしてくれます。
- 業績不振の事業を再生
- 財務改善やコスト削減
- 営業力強化やマーケティング戦略の見直し
例えば、業績が低迷していた企業が経営体制を見直したことで黒字化したケースや、ファンドの支援により新規マーケットへの進出に成功したケースもあります。こうしたサポートにより、事業の安定化や成長促進が可能になります。
③ 事業の継続と雇用の維持が可能
事業承継ファンドを活用すれば、後継者不在でも経営を継続できるため、廃業を回避し、従業員の雇用を守ることができます。
- 経営者の引退後も、ファンドが経営をサポート
- 取引先や従業員への影響を最小限に抑えられる
例えば、経営者が高齢で引退した場合でも、ファンドが新たな経営陣を派遣することで、企業運営を安定化させることができます。また、事業が継続されることで、従業員の雇用が守られ、取引先への影響も最小限に抑えることができるため、企業全体の安定と成長につながります。
④ 企業価値の向上と事業成長の促進
ファンドからの支援により、財務基盤の強化や経営戦略の見直しが可能となり、企業価値の向上につながります。
- 成長余力のある事業を強化
- 競争力を高めるための事業再編
- 海外進出や新規事業展開のサポート
例えば、ファンドからの資金提供により新規事業を立ち上げ、売上を拡大したケースや、ファンドのサポートを受けて海外展開に成功し、ブランド力を強化したケースもあります。このように、ファンドを活用することで、成長戦略を積極的に推進し、企業の競争力を強化することが可能になります。
⑤ 将来的なM&AやIPO(新規株式公開)への道が開ける
事業承継ファンドが経営支援や成長戦略を実行することで、将来的にM&A(企業売却)やIPO(新規株式公開)など、企業のさらなる成長戦略が可能になります。
- ファンドが数年間支援した後、他の企業への売却
- 成長戦略が軌道に乗ればIPOを検討
例えば、ファンドからの経営支援により企業価値が向上し、他社への売却に成功したケースや、IPO(新規株式公開)によって資金調達を拡大し、さらなる成長を実現したケースもあります。このように、事業承継ファンドを活用することで、企業の持続的な成長や次の成長ステージへの道が開けます。
事業承継ファンドの留意点
事業承継ファンドは、後継者不足や経営課題を解決する有力な手段ですが、活用するにあたっては事前に理解しておくべきポイントもあります。ファンドからの支援を効果的に活用するためには、経営権の移転や方針のすり合わせといった重要なポイントをしっかり確認することが大切です。

① 経営方針に影響を受ける可能性がある
ファンドが経営権を取得する場合、経営方針や意思決定のスピードが改善される可能性があります。一方で、ファンドが企業価値の向上を目的に積極的に経営に関与するため、既存の経営方針に変更が生じる可能性もあります。
② 短期的な利益目標が設定される可能性がある
ファンドは一定の期間内に企業価値を向上させることを目指しているため、短期的な利益目標が設定されるケースがあります。これにより、事業の効率化やコスト構造の見直しが進み、財務状況が改善される可能性があります。
③ 将来的な売却やIPO(新規株式公開)が計画される場合がある
ファンドは投資後、一定期間(3〜7年程度)で売却(エグジット)やIPO(新規株式公開)を実行するケースが一般的です。これにより、企業の成長スピードが加速し、市場での知名度や信用力が向上する可能性があります。
④ 一定のコスト負担が発生する可能性がある
ファンドの支援を受ける際には、出資契約時の手数料や経営報酬などが発生する可能性があります。しかし、これにより企業価値向上や財務改善が実現すれば、長期的な収益拡大につながります。
⑤ 経営体制や企業文化に変化が生じる可能性がある
ファンドの関与により、経営体制や企業文化に一定の変化が生じる可能性がありますが、これにより経営の透明性やガバナンスの強化が進む可能性があります。
事業承継ファンドの活用ケース・事例
事業承継ファンドは、後継者不在や経営課題を抱える企業に対して、単なる資金提供だけでなく、経営支援や成長戦略の実行を通じて事業の継続・発展をサポートする役割を果たします。
ここでは、実際に事業承継ファンドが活用されたケースや具体的な成功事例を紹介し、どのような課題が解決され、企業が成長を実現したのかを解説します。

ケース①:後継者不在により廃業寸前だった製造業が再生
後継者不在により廃業寸前だった製造業が、事業承継ファンドによる株式取得と新たな経営陣の派遣により、生産体制やコスト構造を見直した結果、収益性が改善し、新規取引先の獲得と事業継続に成功しました。
✅ 課題
- 創業者が高齢化し、後継者が不在
- 技術力や取引先ネットワークはあるが、経営戦略が不在
- 廃業すれば従業員や取引先への影響が大きい
✅ 取り組み
- 事業承継ファンドが株式を取得し、経営権を引き継ぐ
- ファンドが新たな経営陣を派遣し、事業戦略を立て直し
- 生産体制やコスト構造を見直し、収益性を改善
✅ 結果
- 新規取引先の獲得と収益性の改善に成功
- 事業継続と従業員の雇用維持が実現
- 5年後に他社へ事業売却し、企業価値を大幅に向上
ケース②:経営改善に成功し、IPO(新規株式公開)を実現したIT企業
✅ 課題
- 成長はしていたが、資金調達力が弱く新規投資が難しい
- 海外展開を目指すが、ノウハウやリソースが不足
- 人材採用や組織強化が進まず、事業が頭打ち
✅ 取り組み
- 事業承継ファンドが出資し、資金調達と経営戦略をサポート
- 専門チームを派遣し、経営体制や人事制度を見直し
- グローバル市場への戦略を立案
✅ 結果
- 新規市場への参入と収益の拡大に成功
- 財務基盤が強化され、IPOに成功
- 株式市場からの資金調達により、さらなる成長を実現
ケース③:地方の老舗旅館が経営支援を受けて業績回復
✅ 課題
- 後継者が不在で経営を継続できない状況
- 施設の老朽化が進み、集客力が低下
- 財務状況も悪化し、廃業の危機
✅ 取り組み
- 事業承継ファンドが株式を取得し、経営権を引き継ぐ
- ファンドが新たな経営陣を派遣し、経営戦略を再構築
- 設備投資を実行し、施設をリニューアル
- デジタルマーケティングを強化して集客を促進
✅ 結果
- 売上が大幅に回復し、集客力が向上
- 新規顧客層を開拓し、ブランド力が強化
- 財務基盤が安定し、事業の持続可能性が向上
ケース④:特定事業を売却し、成長戦略に集中した製造業
✅ 課題
- 収益性の低い事業を抱えており、全体の利益率が低下
- 新規投資を行いたいが、リソース不足
- 成長事業に集中したいが、事業の再編が必要
✅ 取り組み
- 事業承継ファンドが収益性の低い事業を買収
- 経営資源を成長事業に集中させる戦略を立案
- 人材配置や設備投資を最適化
✅ 結果
- 事業ポートフォリオを最適化し、利益率が向上
- 成長事業の売上が拡大
- 経営のスリム化により、コスト構造が改善
ケース⑤:異業種企業との提携を通じて事業拡大を実現した食品メーカー
✅ 課題
- 国内市場の飽和により売上が停滞
- 海外展開を目指すも、取引ネットワークが不足
- マーケティング戦略が不十分
✅ 取り組み
- 事業承継ファンドが戦略的パートナーシップを提案
- 異業種企業と提携し、ブランド力を強化
- 海外展開に向けた販路を確保
✅ 結果
- 海外展開に成功し、売上が増加
- ブランド価値が向上し、新規取引が増加
- グローバル展開を視野に入れた成長戦略を確立
事業承継ファンドを活用する際に気を付けたいこと
事業承継ファンドは、後継者不在や経営課題の解決に有効な手段ですが、ファンドとの契約条件や経営方針の違いにより、想定外の課題やトラブルが発生する可能性もあります。
ファンドを有効に活用し、事業承継を成功させるためには、事前にリスクを理解し、適切な準備を行うことが重要です。

① 経営権や意思決定権の取り扱いを明確にする
事業承継ファンドが経営権を取得する場合、意思決定権がファンド側に移る可能性があります。そのため、株式の取得割合や経営方針の決定権について契約内容を明確にしておくことが重要です。経営陣が引き続き経営に関与する場合には、経営権の範囲や役割を事前に取り決め、短期的な利益追求に偏らず、長期的な成長戦略を優先する方向性をすり合わせることが求められます。
対策としては、経営権や意思決定権の範囲を契約書に明記し、ファンドと経営陣の間で意思決定プロセスを明確に合意することで、経営方針のブレや衝突を防ぐことができます。
② 短期的な利益目標に偏らないバランスを取る
事業承継ファンドは、一定期間(3〜7年程度)の間に企業価値を向上させた後、売却(エグジット)やIPO(新規株式公開)を目指します。そのため、ファンド側が短期的な利益目標を重視しすぎると、コスト削減やリストラが優先され、企業の成長戦略やブランド力に影響を与える可能性があります。
一方で、企業側が長期的な成長を重視している場合、ファンドとの経営方針にズレが生じることがあるため、事前に調整が必要です。
対策としては、契約時に「成長戦略」の方向性や重点項目を具体的に合意し、売却時期や目標利益についても事前に確認しておくことで、短期的な利益追求と長期的な成長戦略のバランスを取ることができます。
④ ファンドとの関係性やサポート内容を確認する
事業承継ファンドは、単なる資金提供者ではなく、経営支援や成長戦略の立案・実行にも積極的に関与します。そのため、ファンドがどの範囲まで経営に関与するのかを事前に確認しておくことが重要です。
ファンドと企業側の経営方針が一致しない場合、経営の方向性にズレが生じ、摩擦が発生する可能性があります。特に、財務戦略や事業戦略の方向性が異なると、成長戦略に影響を及ぼす恐れがあります。
対策としては、ファンドの関与範囲や経営サポートの内容を契約に明記し、定期的なミーティングを設けて方針のすり合わせを行うことで、経営方針の一致と戦略の実行力を確保することが重要です。
⑤ 事業承継後の従業員や取引先への影響を考慮する
事業承継による経営体制の変更は、従業員や取引先との関係に影響を与える可能性があります。特に、新しい経営方針に従業員が適応できなかったり、取引先からの信頼が揺らぐリスクが考えられます。また、リストラや役員交代が発生すると、社内に混乱が生じる恐れもあります。
対策としては、従業員や取引先に対して新しい経営方針や戦略を明確に説明し、理解を得ることが重要です。また、新体制への移行は段階的に進め、従業員や取引先がスムーズに適応できるようにサポートすることで、社内外の混乱を最小限に抑えることができます。
⑥ 費用(手数料・成功報酬など)を事前に確認する
事業承継ファンドからの支援を受ける場合、契約に基づいて手数料や成功報酬が発生するケースがあります。具体的には、出資時に契約手数料が発生したり、成果に応じた成功報酬やインセンティブが発生することがあります。また、契約内容によっては、追加費用が発生する可能性もあるため、事前に確認しておくことが重要です。
対策としては、手数料や報酬体系を契約書に明記し、発生時期や金額などの詳細を事前に確認することで、予想外のコスト負担を避けることができます。
事業承継ファンドを成功させるためのポイント
事業承継ファンドを活用することで、後継者不在や経営課題を解決しながら、企業の成長や持続可能な経営を実現することが可能です。しかし、ファンドとの連携を成功させるためには、契約内容や経営方針の調整、経営権や意思決定のバランスなど、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。

① ファンド選定の基準を明確にする
事業承継ファンドには、短期的な利益重視型や長期的な成長重視型など様々なタイプがあるため、自社の方針に合ったファンドを選定することが重要です。ファンドの投資実績や支援体制、経営方針を事前にリサーチし、資金調達や経営支援、海外展開など自社の課題に最適なファンドを選ぶ必要があります。
例
✅ 成長戦略を重視する場合 → 長期視点で経営に関与するファンドを選ぶ
✅ 海外展開を目指す場合 → 国際市場へのネットワークを持つファンドを選定
② 目的や目標を明確にしておく
事業承継ファンドを活用する際は、資金調達や業績改善だけでなく、長期的な事業成長を目指した具体的な目標を設定することが重要です。新規事業の立ち上げや海外進出、M&Aなどの具体的な目標とともに、達成までのタイムラインや評価指標を明確にしておく必要があります。
例
✅ 3年以内に売上を20%成長させる
✅ 海外市場への参入を2年以内に達成する
③ 経営権や意思決定権の範囲を明確にする
ファンドが経営権を取得する場合、どの範囲まで意思決定に関与するかを契約で明確にしておくことが重要です。経営陣の権限を維持するか、ファンドが経営を主導するかを決め、重要な経営判断(役員選任、設備投資、配当など)の決定プロセスを合意することで、短期的な利益追求と成長戦略のバランスを取る必要があります。
例
✅ 日常的な業務執行は現経営陣が行い、重要な経営判断はファンドと協議
✅ 設備投資や人事戦略はファンドと現経営陣で共同決定
④ エグジット(売却)のタイミングと条件を確認する
事業承継ファンドは一定期間後に企業を売却(エグジット)し、投資回収を目指すため、売却の時期や条件を契約で明確にしておくことが重要です。不利な条件での売却を防ぐために、売却対象や金額に制限を設け、IPOやM&Aなど複数のエグジット方法を事前に協議しておく必要があります。
例
✅ 売却時期を「5年以上保有」と明記
✅ 売却額が一定以上でなければエグジットを認めない
⑤ ファンドとのパートナーシップを重視する
事業承継ファンドは単なる資金提供者ではなく、経営パートナーとしての側面を持つため、定期的なミーティングを行い、経営戦略を共有することが重要です。意見のズレを早期に調整し、事業戦略や成長戦略に関するアドバイスを積極的に活用することで、経営の安定化と成長促進が期待できます。
例
✅ 経営会議にファンド担当者を参加させ、現状を共有
✅ 財務や業績に関するアドバイスを経営方針に反映
⑥ 従業員や取引先への説明・対応を丁寧に行う
事業承継により経営体制が変わる場合、従業員や取引先への影響を考慮し、丁寧な説明と対応を行うことが重要です。説明会の開催や条件変更の早期通知を通じて理解を得ることで、社内外での混乱を最小限に抑えることができます。
例
✅ 従業員に対して経営方針や人事戦略を説明
✅ 取引先に対して契約条件の変更点を丁寧に案内
⑦ ファンドのサポート内容を最大限に活用する
事業承継ファンドは資金提供に加え、経営改善や成長戦略の支援も行います。財務改善やマーケティング、人材採用などの専門サポートを活用し、海外展開や新規事業立ち上げ時にはファンドのネットワークや専門チームを最大限に活用することが重要です。
例
✅ 海外進出時にファンドの取引ネットワークを活用
✅ 新規事業の立ち上げにファンドの専門チームを参加させる
【まとめ】事業承継ファンドを活用した事業承継の重要性
事業承継ファンドは、後継者不在や経営課題を抱える企業に対して、単なる資金提供にとどまらず、経営改善や成長戦略の実行を通じて事業の継続と発展を支援する有効な手段です。特に中小企業においては、事業承継ファンドを活用することで、企業価値の向上や従業員の雇用維持が期待できます。
事業承継ファンドを成功させるためには、ファンドの選定や契約条件の確認、経営方針の調整などが重要なポイントとなります。また、ファンドとの連携を強化し、短期的な利益と長期的な成長のバランスを取ることが、事業承継を成功に導くカギとなります。
事業承継ファンドをうまく活用することで、企業の持続的な成長と次世代へのスムーズな事業承継が実現可能です。自社の課題や成長戦略に合ったファンドを選定し、適切な経営体制のもとで事業承継を進めることが、企業の将来に大きな価値をもたらします。
