クロスボーダーM&Aとは?メリット・デメリット、成功のポイントを解説
グローバル化が進む現代において、「クロスボーダーM&A」は、多くの企業にとって成長戦略の重要な手段となっています。クロスボーダーM&Aとは、国境を越えた企業買収や合併のことを指し、新たな市場への参入、技術やブランドの獲得、コスト削減などを目的に実施されます。
しかし、クロスボーダーM&Aは、通常のM&Aとは異なり、法規制や税制の違い、文化の相違、為替リスクなど、さまざまな課題が伴います。 これらを適切に理解し、戦略的に取り組むことが成功の鍵となります。
本記事では、クロスボーダーM&Aの基本概念、メリット・デメリット、成功のポイントなどを詳しく解説します。

クロスボーダーM&Aとは?
クロスボーダーM&A(Cross-border M&A)とは、国境(ボーダー)を越えて(クロス)行われる企業の買収・合併のことを指します。買い手と売り手の企業が異なる国に所在する場合、このM&Aは「クロスボーダーM&A」と分類されます。
近年、企業のグローバル化が進む中で、海外市場への進出、新技術やブランドの獲得、競争力の向上を目的として、多くの企業がクロスボーダーM&Aを活用しています。特に、日本企業による海外企業の買収や、海外企業による日本企業の買収が増加しており、国際的な事業戦略の重要な手段となっています。
国内M&Aの違い
クロスボーダーM&Aは、国内M&Aと比べて法制度や税制、会計基準が国ごとに異なるため、規制対応や財務の整理が複雑になりやすいという特徴があります。また、文化や言語の違いが経営統合(PMI)を難しくし、買収後のシナジーを発揮するためには慎重な統合計画が必要です。さらに、為替リスクの影響を受けるため、通貨の変動を考慮したヘッジ戦略が求められます。一方、国内M&Aは法律や会計基準、商慣習が共通しており、統合の難易度が低く、手続きも比較的スムーズに進められるというメリットがあります。
クロスボーダーM&Aの主な種類
クロスボーダーM&Aには、主に以下のような取引形態があります。

✅ インバウンドM&A(Inbound M&A)
→ 海外企業が日本企業を買収・合併する取引。
例:外資系企業が日本の企業を買収して国内市場に参入するケース。
✅ アウトバウンドM&A(Outbound M&A)
→ 日本企業が海外企業を買収・合併する取引。
例:日本企業が海外市場への進出を目的に、現地企業を買収するケース。
✅ 横型M&A(Horizontal M&A)
→ 同じ業界の企業同士が国境を越えて統合する取引。
例:自動車メーカーが海外の自動車メーカーを買収するケース。
✅ 縦型M&A(Vertical M&A)
→ 異なる業界の企業がサプライチェーンの統合を目的に行う取引。
例:製造業の企業が海外の部品メーカーを買収するケース。
✅ コングロマリットM&A(Conglomerate M&A)
→ 異なる業界の企業が多角化戦略の一環として行う取引。
例:日本のIT企業が海外の食品メーカーを買収するケース。
クロスボーダーM&Aの主な手法
日本の中堅・中小企業におけるクロスボーダーM&Aでは、「株式譲渡」と「事業譲渡」が最も多く選ばれる手法です。特に、事業承継型のM&Aや選択と集中を目的としたM&Aでは、これらの手法が有効とされています。

「株式譲渡」が多い理由
株式譲渡は、会社の経営権をそのまま移転できるため、後継者問題を抱える中小企業の事業承継に適した手法です。
✅ 企業全体を引き継ぐため、ブランド・人材・取引関係を維持しやすい
✅ 契約や許認可をそのまま引き継げるため、手続きが比較的スムーズ
✅ 経営権の譲渡が簡単で、売り手側(日本企業)の負担が少ない
✅ M&A後の経営の安定性が高く、従業員の雇用も維持しやすい
「事業譲渡」が多い理由
事業譲渡は、売り手が特定の事業や資産を選択的に売却できるため、リスクを抑えながらM&Aを実施できる手法です。
✅ 売り手が必要な事業・資産だけを売却でき、リスクを回避しやすい
✅ 簿外債務や過去の経営リスクを引き継ぐ必要がない(海外の買い手にとって安心)
✅ 不要な部門・事業を売却し、企業の選択と集中を進めやすい
✅ 税務上のメリットがあるケースがある(売却益を繰越欠損金と相殺できる場合など)
クロスボーダーM&Aのメリット
クロスボーダーM&Aは、新たな市場や技術の獲得、企業の成長機会を拡大する有力な手段ですが、一方で異なる法制度や文化の違い、経営統合の難しさなどのリスクも伴います。
まずは、クロスボーダーM&Aのメリットについて解説します。

① 新市場への参入と事業拡大
✅ 海外市場へ一気に参入できる
✅ 現地企業の顧客基盤やブランドを活用できる
📌 例
日本企業が米国企業を買収することで、現地の販路やブランド力を活かしながら、スムーズに市場参入が可能。
② 競争力の強化と事業の多角化
✅ 海外企業の技術やノウハウを獲得できる
✅ 多様な事業ポートフォリオを持つことで、リスク分散が可能
📌 例
日本の製造業が海外のIT企業を買収することで、デジタル技術を活用した製品開発を強化し、競争力を高める。
③ コスト削減と生産拠点の最適化
✅ 人件費や原材料費の安い国に生産拠点を構築できる
✅ サプライチェーンの効率化が可能
📌 例
日本企業が東南アジアの工場を買収し、製造コストを削減することで競争力を向上させる。
④ 外資規制や関税の回避
✅ 現地企業を買収することで、外資規制の影響を受けにくくなる
✅ 現地生産を行うことで、輸入関税の負担を回避できる
📌 例
欧州の市場での関税を避けるため、日本企業が現地の生産拠点を持つ企業を買収し、EU圏内での事業展開を有利に進める。
クロスボーダーM&Aのデメリット
次にクロスボーダーM&Aのデメリットについて解説します。

① 法制度・税制の違いによるリスク
🔼各国の法規制(会社法、競争法、外資規制など)に対応が必要
🔼 税務上の負担が想定以上に大きくなることがある
📌 例
米国企業を買収する際に、CFIUS(外国投資委員会)の審査が必要となり、手続きが長期化するリスクがある。
② 文化や経営スタイルの違いによる統合の難しさ
🔼 経営の意思決定のスピードや従業員の価値観が異なる
🔼 買収後の統合(PMI)がうまく進まないと、事業が機能しなくなる
📌 例
欧米企業は「成果主義」、日本企業は「年功序列」といった文化の違いにより、従業員のモチベーションや組織の統合が難しくなる。
③ 為替リスクの影響を受けやすい
🔼 為替レートの変動によって買収コストや利益が変動する
🔼 想定外の通貨安によって、買収企業の価値が下がるリスクがある
📌 例
日本企業がドル建てで米国企業を買収した後、円高が進行すると、日本円換算での投資回収が難しくなる。
④ 現地の政治・経済リスク
🔼 国際関係の変化や政権交代によって事業環境が変化する
🔼 現地の景気悪化や規制変更により、M&Aの成否に影響を受ける
📌 例
新興国の企業を買収した直後に、政府の方針転換で外資規制が強化され、事業運営が困難になるケース。
クロスボーダーM&Aを成功させるためのポイント
クロスボーダーM&Aは、市場拡大や競争力強化の大きなチャンスですが、法制度や文化の違い、経営統合の難しさなどのリスクを適切に管理しなければ、M&A後の事業運営が困難になる可能性があります。
ここでは、クロスボーダーM&Aを成功させるための重要なポイントについて解説します。

① 明確なM&A戦略を立てる
✅ 目的を明確にする
クロスボーダーM&Aを成功させるには、「なぜこのM&Aを行うのか?」という目的を明確にすることが重要です。
📌 主な目的例
- 新市場への参入(例:日本企業がアメリカ市場へ進出)
- 競争力強化(例:海外の先端技術を取り入れる)
- コスト削減(例:海外の安価な労働力を活用)
→ 目的が曖昧だと、M&A後に事業シナジーを発揮できず、統合が失敗するリスクが高まります。
② 法規制・税制のリスクを事前に把握する
✅ 各国の法制度・税務ルールを理解する
国ごとに異なる会社法・外資規制・競争法(独占禁止法)・税制を事前に調査し、買収後に想定外の法的リスクが発生しないようにする。
📌 対策
- 現地の法律に精通した専門家(弁護士・税理士)と連携する
- 外資規制の確認(CFIUS(米国)、FIRB(豪州)など)
- 税務メリットのあるストラクチャー(株式譲渡・事業譲渡など)の選定
→ 事前の法務・税務デューデリジェンスを徹底し、リスクを最小限に抑えることが重要です。
③ 文化・言語の違いを考慮し、PMI(経営統合)を慎重に進める
✅ 文化の違いを尊重しながら統合を進める
クロスボーダーM&Aの最大の課題は企業文化や意思決定の違いによる摩擦です。
📌 対策
- 経営層だけでなく、現場レベルでのコミュニケーション強化
- 両社の文化を融合できるマネジメント手法を導入
- 現地の従業員が納得できる統合プロセスを設計
→ PMI(Post Merger Integration)がスムーズに進まないと、買収後の従業員のモチベーション低下や生産性の悪化を招く可能性があります。
④ 為替リスクや資金調達の計画を立てる
✅ 為替変動に備えたリスク管理を行う
クロスボーダーM&Aでは、為替レートの変動が買収コストや収益に影響を与えるため、適切なリスク対策が必要です。
📌 対策
- 為替ヘッジの活用(フォワード契約、オプションなど)
- 外貨建ての資金調達(現地金融機関からの借入)
→ 急激な円高・円安による影響を最小限に抑えることで、M&Aの安定運営が可能になります。
⑤ 買収後の現地経営体制を整える
✅ 現地の経営陣・管理体制を確立する
買収後の成功は、現地の経営陣や人材の確保がカギとなります。
📌 対策
- 現地のキーマン(経営陣・管理職)の確保
- 買収企業と親会社の役割分担を明確化
- ガバナンス体制(コンプライアンス・内部監査)の強化
→ 現地企業の強みを活かしつつ、適切なマネジメントを導入することが成功のポイントです。
クロスボーダーM&Aの成功事例
クロスボーダーM&Aは、新市場への参入や競争力の向上に大きなメリットをもたらす一方、統合の難しさや文化の違いといった課題を乗り越えることが成功の鍵となります。ここでは、実際に成功したクロスボーダーM&Aの事例を紹介します。

① ソフトバンクによるARM買収(日本 → イギリス)
概要
- 買収年:2016年
- 買収額:約3.3兆円
- 買収目的:IoT(モノのインターネット)分野での競争力強化
- 統合後の成果:半導体市場での事業拡大、技術開発の加速
成功のポイント
✅ 成長市場を見据えた戦略的な買収
→ ソフトバンクは、IoT分野の成長を見越し、ARMの技術力を活用する戦略を明確にしていた。
✅ 経営の自主性を確保し、文化の違いを克服
→ 買収後もARMの経営チームを維持し、ブランド価値を損なわずに統合を進めた。
✅ グローバル市場での競争力を強化
→ ARMの半導体技術を活用し、スマートフォンやIoT市場での地位を拡大。
📌 教訓
現地企業の強みを尊重し、適切なPMI(経営統合)を行うことが、クロスボーダーM&Aの成功要因
【出典元】ソフトバンクによるARM買収の完了
② キリンによるライオン・ネイサン買収(日本 → オーストラリア)
概要
- 買収年:2009年
- 買収額:約3100億円
- 買収目的:海外市場での売上拡大、ビール市場のシェア強化
- 統合後の成果:オーストラリア市場でのプレゼンス向上
成功のポイント
✅ 市場の成長性を見極めたM&A戦略
→ キリンは、成熟した日本市場から成長市場であるオーストラリア市場にシフトする目的で買収を実施。
✅ ブランド価値を維持しながら経営統合を進めた
→ 買収後もライオン・ネイサンのブランドを活かし、現地市場に根付いたビジネスモデルを維持。
✅ 現地マネジメントチームの活用
→ 既存の経営陣を活用し、日本の経営スタイルを押し付けなかった。
📌 教訓
ローカル市場の特性を理解し、現地の経営チームを活かしたM&Aは成功しやすい。
【出典元】キリンホールディングス株式会社によるライオンネイサン社の完全子会社化に合意
③ トヨタによるダイハツの完全子会社化(日本 → インドネシア・マレーシアなど)
概要
- 買収年:2016年(完全子会社化)
- 買収目的:東南アジア市場での低価格車戦略の強化
- 統合後の成果:東南アジア市場での競争力向上、小型車販売の拡大
成功のポイント
✅ 成長市場へのシナジーを活かした統合
→ ダイハツの小型車技術とトヨタの販売ネットワークを組み合わせ、東南アジア市場での競争力を強化。
✅ グローバル展開を見据えた経営統合
→ ダイハツのブランドを維持しながら、トヨタのグローバル戦略に組み込んだ。
✅ コスト競争力の強化
→ 現地生産体制を強化し、低コストでの小型車販売を実現。
📌 教訓
グローバル市場での競争力を高めるために、M&A後の事業戦略を明確にすることが成功の鍵。
【出展元】トヨタとダイハツ、グローバル戦略を統一し小型車事業を強化
④ 日立製作所によるグローバルロジック買収(日本 → アメリカ)
概要
- 買収年:2021年
- 買収額:約1兆円
- 買収目的:デジタルソリューション事業の強化
- 統合後の成果:海外のDX(デジタルトランスフォーメーション)市場でのプレゼンス拡大
成功のポイント
✅ 成長市場での技術獲得を目的としたM&A
→ DX市場の成長を見据え、グローバルロジックのデジタル技術を取り込んだ。
✅ 独立性を維持しながら経営統合を実施
→ グローバルロジックの企業文化を尊重し、組織の強みを活かした経営を継続。
✅ 買収後のシナジー創出を重視
→ 日立の産業ソリューションとグローバルロジックのソフトウェア技術を統合し、競争力を向上。
📌 教訓
デジタル分野では、技術力の確保と柔軟な統合戦略が成功の鍵となる。
【出典元】日立、グローバルロジックの買収を完了
クロスボーダーM&Aを実行する際の注意点について
クロスボーダーM&Aは、国内M&Aとは異なる法規制・税制・文化の違いがあるため、事前のリスク管理と慎重な統合計画が不可欠です。
注意点 | 対策 |
---|---|
① 法制度・規制の確認 | 各国の法律を調査し、弁護士と連携 |
② 税務・会計基準の違い | 税務DDを徹底し、最適なストラクチャーを選択 |
③ 文化・経営スタイルの違い | 現地のキーマンを活用し、組織統合を円滑に進める |
④ 為替リスク管理 | 為替ヘッジを活用し、通貨変動リスクを抑える |
⑤ PMI(統合)を慎重に進める | 買収後の組織統合計画を策定し、早期に実行 |
クロスボーダーM&Aについて まとめ
クロスボーダーM&Aは、企業のグローバル展開や競争力強化に不可欠な手段であり、特に日本の中堅・中小企業においても、市場拡大や事業承継の選択肢として注目されています。
成功のポイントとして、明確な戦略、適切なM&A手法の選択、法制度・税制の理解、PMI(経営統合)の慎重な実施、為替リスク管理が挙げられます。
近年、世界のM&A市場は拡大を続け、日本企業の海外進出も加速しています。今後のM&Aでは、リスク管理と長期的な成長戦略を重視し、持続的な企業価値向上につなげることが重要です。
